
年末と言えばM-1。
すっかり定着している漫才イベント。
関西人としてはどうしても気になるイベント。見るつもりはなかったんだけど、やっぱりちょっと見よう、やっぱり見ようという感じでまあまあシッカリと見てしまった。
笑い飯の哲夫さんの審査が見たいってのもあった。終わってみて思うのが、「目が肥えてしまったのかな…いや、自分の感性がズレてきたのかな?」ってこと。
おっさんを笑わせる気なんかサラサラないって言われたらそれまでだし、そりゃそうだと思うので良いんだけど、M-1熱が冷めつつあるな…という感覚を覚えた大会だった。
つまり、自分のお笑い感性が変化しているのかもしれない…と感じた。
M-1 2025を見て思ったこと
会場を巻き込む漫才が増えた(客いじり/審査員いじり)
思いっきり2連覇王者の令和ロマンの影響だと思うんだけど、会場を巻き込むスタイルの漫才が増えた印象。
ヤ―レンズは司会や審査員を軽くいじったり。
カナメストーンはお客さんを味方にしてみたり。
お客さんを巻き込んだほうが笑いが大きくなる、ということが分かったためか、シッカリと取り入れていてすごいな…と感心した。
突飛としゃべくりの二極化が進んだ
今の漫才のトレンドは次の2つなのかな?と思った。
- 不思議な漫才、突飛な漫才
- 正統派しゃべくり漫才
この2つ。
いずれでもない漫才はむしろ点数が低かったようにも思う。
いわゆるママタルトさんがやっていたコント漫才みたいなもの。真空ジェシカさんは突飛さとコント漫才のミックスになるのかな?
ヨネダ2000さんは完全に不思議な漫才、突飛な漫才。そして、最終決戦に残った3組(エバース、たくろう、ドンデコルテ)はしゃべくり漫才。
コント漫才要素が入ると、今は評価されにくいのかな…と思ったり。
どちらが良い悪い、何が良い悪いじゃなくて、今のお客に受けるのがこれなんだと思う。コント漫才は、「じゃあ、それコントでやれば良いよね?」とかになるのかな?わかんないけど。
でも、奇しくも結果が振るわなかったのはコント漫才だったことは1つの傾向としてあるんじゃないかな?と思う。
「面白い」を押し付けず、客を置き去りにしない
これは某大御所芸人がラジオで言っていて「確かにな~」と思ったことであり、M-1のすごさでありつつ、先日のTHE Wがイマイチな部分でもある。
「THE Wに出ている女芸人は、自分たちの面白いと思っていることを見せてるってだけ。お客が何を面白いと思うのかを置き去りにしている」という評。
だからあの大会は要らないってことなんだけど、この正反対の性質がM-1にはあるよな…と感じた。
会場を巻き込むスタイルは令和ロマン、突飛な漫才はマジカルラブリー。歴代の王者のスタイルを吸収してモノにしてきた人たちが決勝に残っていたと感じる大会だったように思う。
これは自分たちの思う面白い”だけ”を披露していない。
他の漫才師が面白いと評価された部分を取り入れたり、路線を踏襲したりして、ちゃんと進化して行っている。
今のM-1は若い世代に最適化している
総論としては、個人的には以前ほどM-1を見ていて面白いと思う漫才が減った。
多分、自分のような層はTHE MANZAIの漫才師や、検索ちゃんの芸人ネタ祭りで見れる芸人達が担当しているんだと思っている。
でも若い世代には今のM-1の漫才師が丁度面白いんだと思うし、それで良いと思うし、M-1はそうであるべきとも思う。
良い感じで時代に合わせて進化して行っているので、M-1は安泰だな…と。そう思った。
余談だけど、哲夫さんの審査、すごくまともで驚いた。粗品の指摘がめちゃくちゃ効いてるやん…と。
こういう柔軟性があるから王者になれたんだろうね。