某個人塾のなんてことのないチラシがなぜか記憶に残る

妙に記憶に残るチラシがある。

なんてことのないチラシなんだけどね。先日ちらっと見かけてからずっと引っかかってて、何が気になっているのか自分でも分からない。

でも、広告やチラシの狙いとしては、これだけ刺さっているのなら正解なんだと思う。

何かを書く、伝えるという行為を行う全ての人にとって重要なエッセンスが詰まっているんだろうなと思っている。

個人塾のチラシが妙に記憶に残ってしまった理由

とある個人塾のチラシ

その広告ってのが、商店街の中にある個人が運営している塾の広告。

個人が運営している塾だとなぜわかるのかというと、塾長である人の自宅兼教室みたいなところだから。

表札も塾の名前と同じだし。多分そういうことだと思う。

(たまたま名字が同じ人が間借りして塾をしているとかあるのかな…まいっか)


とはいえ個人の塾が気になるような年齢ではない状況でもない。家族も居ないので、子供を通わせたいとも思ってもいない。

なのに刺さっている。

広告文面は基本的に普通。でも一点だけ…

まず目を引いたのは英検に合格したとか、どこどこの高校に進学したとか、いわゆる実績を表に出している感じの広告。

すごいな…と思いつつも、まあ塾関係ならよくある話。

気になったのが、その端々に○○ファミリーみたいな、ヘキサゴンのノリのような文言が散りばめられている。

この違和感がねっとりと脳裏にねばりついている。

塾の広告でこうもファミリー感を押し出すのか…と。島田紳助さんは元気にしているのか、と。

 

ファミリー感を否定したいわけじゃない。むしろ、個人塾の個性というか、その塾に通ったよ、通ってたよって繋がりが残ることってあるとは思う。

思うんだけど、前面に出している感じ。

「○○ファミリーはXX高校にも通っている!」
「先輩も君たちをまっている!」

みたいなことをバンバン書いている。コミュ障の自分としては怖さすら感じる。どの高校に行ってもその塾の先輩がいて「おい、久しぶりだな」とか声をかけてくるのか…と。

広告が響く相手を絞っている

この広告は完全に読む人を選んでいる。絞っている。こういう空気感を好む人にしか刺さらない広告になっている。

この塾に行けば先輩が良くしてくれるのか…実績も十分にありそうだし…勉強だけじゃなく人間関係が生涯にわたって残るのかな?

なんてことを思う親御さんが居るなら、もうこの塾一択だろう。

僕の知る限りでは、有名な塾でこういう横のつながりや縦のつながりを前面に出しているのを見たことがない。

実績のみで訴求している。それはそれで全然ありというか正攻法なんだと思う。

そんな大手との違いを付けるとしたら、大手が出せないこと、出してない事、しかし親や子供に響くポイントとして”繋がり”を出すってのは効果的だよな…と。

そんな事を個人塾の前に貼っているチラシを見ながら考えていた。

そしたら脳裏に焼き付いて離れなくなった。

そんなわけで・・・

経済の本とかマーケティングの本とか読んでいると、差別化だなんだと出てくる。

大手には出来ない事をやるのが中小のセオリーと教科書には書かれていたりするし、

狙ってなのかどうかはわからないが、あの個人塾が大手には出せないであろうファミリー感を出しているのなら、それはすさまじいマーケティングセンスではなかろうか…と。

その切り口や視点をどうやってみつけたのかを売り物にできるんじゃないか?なんて思ったりする。


これを自分たちが日常でどう活かすのか。

同じ土俵にたって、相手になくて自分にあるものを前面に出す。それしかないんだけど、これがなかなかどうして。

好きな人に好きと告白するだけでも伝わるものがあるけど、他の人が言わないことが言えれば武器になる。分かってるけど、なかなか出てこないもんなのよね。

そんなことを思った。

 

ふと思う。

これだけあの広告について考えていると、走馬灯にあの広告が出てくるんじゃないか…